東洋のモナリザ「バンテアイ・スレイ遺跡」はクメール美術の秘宝

東洋のモナリザ「バンテアイ・スレイ遺跡」はクメール美術の秘宝

バンテアイ・スレイ寺院は、アンコールワットから北東30km程離れたシェムリアップ郊外にある「クメール美術の至宝」と呼ばれているヒンドゥー教寺院です。クメール語でバンテアイ・スレイはバンテアイ=砦、スレイ=女を意味し、女の砦と訳すことができます。そう、東洋のモナリザはここからきてます。東西に115m、南北に95mに広がる小規模な寺院なので他の寺院ですが、他の遺跡とは離れているので、バンテアイ・スレイの観光だけでも半日は必要になります。

クメール美術の至宝とされる東洋のモナリザ

瓦礫、ラテライトと紅い砂岩でつくられた寺院は、全体が赤っぽい色の建物です。アンコールワットなどの大きくて圧倒される迫力はありませんが、細部まで施された繊細な美術を感じることができます。その保存状態も良好です。

バンテアイ・スレイ寺院にあるデバター像(女神像)の彫刻は、立体的で美しいので「東洋のモナリザ」と呼ばれています。1923年、フランス人作家のアンドレ・マルローは、このデバター像(女神像)を盗み国外に持ち出そうとして逮捕されました。その時の体験をもとに、彼は「王道」を執筆したといわれています。

バンテアイ・スレイの歴史

967年に、ラージェンドラヴァルマン王により建築が着手され、その息子のジャヤーヴァルマン5世の代にバンテアイ・スレイは完成されました。
当時の王族の一人でもあり王師(王様の先生)でもあった、ヤジュニャヴァラーハとその弟に建立されました。記録では、王師ヤジュニャヴァラーハは多くの学問に精通しており、病や貧困に苦しむ人々を助ける慈善活動も行っていたそうです。

建設されたこの土地は、古代クメール王朝が発祥した地でもあり、「聖なる山」と呼ばれるプノン・クーレン山の麓の近くということから、アンコール朝の歴代の王にとって神聖な地域とされていました。

アンコール朝の衰退により忘れ去られていましたが、1914年に再度発見され現在に至ります。

再発見されるまでの長い間森の中にありました。地元の人達が野焼きをしたことによってその姿を現しました。一部表面が黒くなっているところがありますが、それはかつての野焼きの跡だといわれています。

精巧に深く掘られたレリーフ(浮彫り)の保存状態は非常に良いもので、美しい彫刻が全面に施されています。「クメール美術の至宝」の名前のとおり、いまでも多くの観光客を魅了しています。

バンテアイ・スレイへの行き方

バンティアイスレイは、アンコールワットのあるシェムリアップ中心地より北東に30km先です。乗り合いバスなどは出ていないので、トゥクトゥクやタクシーの貸し切り、現地オプショナルツアーへの参加が必要となります。

現地オプショナルツアーに参加する場合

カンボジアでは多くの旅行会社が店舗をかまえています。オンラインで予約できる旅行会社もあります。しかしパンダバスの現地オプショナルツアーなら、日本語で予約の対応からガイドのご案内までもOK。限られた時間でも徹底的に観光を楽しめるのが、ツアーのいいところですね。


いかがでしたか?郊外にある寺院なので、観光に行くには半日かかりますが、その時間をかけてでも行ってほしいお勧めの寺院です!滞在に余裕のある方、カンボジアに何度も旅行されている方、ぜひ訪れてみてください。

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